京都府議会議員 わたなべ邦子ブログ

京都府議会議員(伏見区選出)わたなべ邦子の活動報告日記です。

自民党京都府議会議員団 政務調査会 管外視察 福島県、宮城県へ。

自民党府議会議員団の皆さんと一緒に、福島県宮城県を訪れました。
私は一足先に出発して、福島駅でいわき市農商工連携やまちづくりに尽力されている松崎康弘さんと待ち合わせ。
松崎さんは、6月初旬に日本創生有志の会の皆さんと一緒に福島県に行った時にお出会いし、9月には国民文化祭まゆまろチャレンジ府民企画事業『東日本応縁まつり』の際に、わざわざ京都へお越しいただき、ギターの演奏や大震災のお話をしてくださいました。
東日本応縁まつりの時に、多くの協力者・各コーナー、参加者から約10万円の義援金を頂戴し、後のお疲れ様会の時に使い道を皆様にご相談したところ、色々な活動をされている松崎氏にお渡しして、必要なところで活用していただこうということになり、その時の写真記録集やスタッフの皆さんからのお手紙とともにお届けしました。

松崎さんは昨日も東京で原発について等のシンポジウムでお話されたそうで、フル回転で頑張っておられるご様子でした。
話が弾み、福島と京都、離れていても、心はつながっているなぁと実感!

午後からは他のメンバーと合流して、まずは福島県庁で、除染を進める福島県の取組について、福島県生活環境部の除染対策課のお話を伺いました。
福島第一原子力発電所事故以来、土壌沈着の汚染状況、除染実施に関する基本的考え方、国・県・市町村による除染実施の取組など。
   

県として、県民の皆さんに「線量低減化対策に係る手引き」を発行・配布して、実際の生活の中で留意することをわかりやすく広報したり、放射線量低減化に向けて小学校で校舎の高圧洗浄機等での除染・校庭の表土の除去等が行われています。


また8月からは、子どもたちが生活空間として過ごす時間が多い通学路や公園における放射線量の低減を図るため、自治会・町内会や各学校・PTA・ボランティア等が側溝の清掃や草刈りなど行う場合、1事業実施主体につき、50万円を限度として、その活動を支援する「線量低減化活動支援事業」も始まりました。
  
除染推進に向けた支援の枠組みとして、?事業者等の育成の加速化 ?技術的支援の強化 ?住民理解の促進が重要だとされていますが、除染作業について総論は賛成しても、どこに仮置き場を設定するかというところで、なかなか進まないという実情もあるとご苦労をお聞きしました。
渡利小学校では、校長先生から、これまでの経過、ご苦労、実態等をお聞きし、現状を拝見しました。
  
大震災が発生し、福島第一原発の事故以来、卒業式や遠足の延期、マスクや帽子着用し、暑い夏も窓を閉めきったまま(扇風機だけ支給されたそうですが)プールも使えず、放射線個人線量計(ガラスバッジ)を身につけて、毎日の被爆量がオーバーしないよう、子どもたちは野外での活動を制限されています。
  
こまめに保護者の皆さんに書類等で、実状や対策についてお知らせし、運動場の表土を取り除いたおかげで、地域の中で学校が一番安全な場所になっているそうですが、ここでも仮置場の場所選びが難航し、結局、校舎近くに穴を掘って埋めたそうです。
  


色々な段階・ご苦労を経て、10月1日には、やっと2時間を超えない範囲で運動会が開催されたそうです。きっと、久しぶりに子どもたちの明るく元気な声が響き、多くの皆様に笑顔いっぱい応援してくださったことと思います。
今日も運動場で元気に走り回る子どもたちの様子を垣間見ることができましたが、保護者の希望で外での教育活動は受けないままの子どもたちもいるそうで、まだまだ課題が山積、ご苦労が続いており、本当にお世話さまです。

その後、バスで川俣町から飯館村へ。
京都府から何度も福島県に派遣されている危機管理の三宅参事と森木参事に、県庁からずっとお世話になりご案内いただきました。

飯館村は、以前は約6000人の住民がいらっしゃり、「美しい村連合」にも加盟され自然豊かなところですが、現在は、一部の高齢者の方を除いてほぼ皆さん避難され、家屋はカーテンや雨戸が閉まっていました。

  

  


途中、少し工場等、昼間だけ通って仕事をされているところや、一部ガソリンスタンドが開いていましたが、だんだん夕暮れになっても、街に灯りのともった家がほとんどない実態を拝見し、胸がつまる思いでした。
峠を越えて南相馬市へ入ると、1世帯毎に線量を測定して高いところは避難し、比較的低いところは、そのまま居住するという地域になり、街の灯りが見えてきました。
比較的、山側の方が線量が高く、海側の方が低いそうで、南相馬市役所の辺りは、かなりもとに戻っているそうです。

そこからまたバスで走り、原発から20キロ圏内立入禁止地域の検問所に立ち寄りました。
赤いライトのついた車両で道路の片側を遮断し、警察官の方が立っておられました。
これから寒さが益々厳しくなり、たいへんなご苦労だと思います。
  
夜は仙台市で、若林区の副区長や市議会議員、自立支援ネットワーク代表、仮設住宅町内会の副会長さんらにお会いし、仙台市震災復興計画や、子どもたちへの「のびのび学習会」や仮設・借り上げ住宅にお住まいの皆さんへのお弁当サービスなど、色々なお話を伺いました。
まさに、官民一体となって、たいへんな状況の中、必死で頑張ってこられた皆様の生のお声は、心に強く響きました。
これまでそれぞれの立場で活動されてきた方々が、震災を機に深くつながり合い、人の輪を拡げて様々なニーズに応えてこられた様子をお聞きし、やっぱり、このように行政とつなぎ合って活躍してくださるキーマンになる方々がいらっしゃることが、地域の復興にはたいへん重要だということを痛感しました。